
SANEIの水脈を探る、西岡利明社長インタビュー<中編>
「品位、本物、未完成品」。SANEIが大切にする、ものづくりの哲学
企業には、それぞれの時代を生き抜いてきた物語がある。挑戦の積み重ねが企業風土を育み、その精神は“水脈”のように大地を潤してきた。
「人類ある限り、水は必要である」。創業以来、その言葉を掲げ続けてきたSANEIには、どのような水脈がとおっているのか。西岡社長の言葉から、その源流と未来をたどる。SANEIと、「水とつなぐ」物語。
前編で語られたのは、SANEIのルーツと、「選ばれるものづくり」への転換。中編では選ばれるものづくりのために、どのような思想を育んだのか。社員の誇りを起点とした、ものづくりの美学から深化をたどる。
社員の誇りから生まれる、
水栓の品位
「SANEIが選ばれる水栓メーカーになるためには社内変革が必要」。前編で語られたその言葉。
その意識改革はいま、ものづくりの現場や社員の姿に、どのように表れているのだろう。
「最近はかなり変わってきたと思います。やっぱり思いを社員に伝染させないといけない。それが一番苦労するところなんです。『もっとプライドを持て』とね。SANEIの商品は、厳しい検査を経て合格したものだけを提供しています。だからこそ、その品質に自信と誇りを持ってお客様に届けてほしい。そして、その姿勢はお客様への対応にも表れる。万一不具合やお問い合わせをいただいた場合も、まずは丁寧に確認し、原因を正しく見極めることが大切です。その上で、もし自社に原因があると分かったなら、その時点で誠実に謝罪すればいい。品質への信頼を前提に対応することが、結果的にお客様の安心につながるのだと思います」
そう語る背景には、確かなものづくりへの自信がある。社員に「プライドを持て」と伝えられるのは、裏付けとなる確かなものづくりがあるからだ。
「2000年ごろからそういったことをかなえられるものづくりに、意識的に取り組み始めました。たとえば円筒の金属を並べて、普通に磨いたもの、時間をかけて磨いたもの、さらにマイスターが納得するまで磨き込んだものを比べる。1本だけでは分からなくても、5本並べると誰が見ても一目瞭然で違いがわかる。これが“品位”なんです」
憧れられるブランドはどうあるべきか。
品位とは、ただ見た目の違いではなく、一目で分からなくても自然と醸し出される空気感のこと。「理由は分からないけれど、こちらの方が良い」と感じさせる力こそ、憧れるブランドの条件になる。SANEIでは、その品位をどう商品に宿すかを追求するなかで、「本物」とは何かという問いへ行き着いた。
本物は、時の記憶を留めるもの。
時と共に美しくなる、ものづくりの想い
「経年悠美」。SANEIが目指すものづくりのひとつに、こんな言葉がある。いつまでも新品のように変わらないのではなく、使い込まれることで深まっていく味わい。時とともに刻まれる傷や跡も、その人の暮らしの一部、暮らしの記憶として美しさに変えていく。それは、“劣化”ではなく、“記憶”として捉える、SANEIならではの美意識だ。
――「経年悠美」ということばには、どのような想いが込められているのでしょうか?
「モノって、一緒に過ごす時間のなかで、必ず変化していくものなんです。表面についた傷や手のあと、水垢。それらはすべて、その人の暮らしの痕跡。それを、劣化としてではなく、記憶として受け止められるようなものづくりができないだろうかと考えるようになったんです」
例えば、西岡が日々大切に身につけていた指輪にはこんなエピソードがある。
「昔、酔っ払ってテーブルを叩いていたときに、指輪が曲がってしまったことがあって(笑)。修理に出そうと思ったら『本当に直してしまっていいんですか?』と聞かれたんです。『え?』と聞き返すと、店員さんがこう言うんです。『この曲がりは、お客様がその指輪と共に時を過ごした痕跡で、そのなかには、今、話してくださったような楽しい思い出が刻まれている。それを本当に無くしてしまって良いのですか?』と。そう言われて、すごいことを言うなと驚きましたね。モノは、そういう記憶とともにあるからこそ意味があるんだと。過ごしてきた時間を大切にするブランドは世の中にたくさんありますが、我々もそうあるべきだなと感じたんです」
ものがあふれ、フェイクもあふれるこの時代において、本物とは何かを問い続ける。そのなかで、西岡がたどり着いた一つのこたえは、「共に時を重ねられるもの」だ。
「たとえば、結婚した当初は二人とも若くて、美男美女かもしれない。でも、10年経てば10年なりの年齢を重ねる。それが、良い方向に進化していくのが理想ですよね」
モノも、人と同じように年を重ねる。暮らしの中で、共に過ごし、育ち、味わいを深めていく存在。SANEIが目指すのは、そんな「暮らしのなかで愛される」ものづくりだ。
水栓をデザインするのではない。
未完成品を届け、使っていただいて初めて完成するもの
「1日に何度も手にする水栓が、ちょっとでも心地よく、ちょっとでも楽しくなれば人の生活にちょっとした彩りを増やすことができる。そこを切り口にものづくりをする。まずは機能があってこそ。余分な機能を盛り込むのではなく、水が出て、適温に調整でき、きっちり止まる。その出るとき、止まり方が心地よい。あるいは使っているときの、水のあたりの感覚。そこをどう磨いていけるか、それこそが水栓の本質であり、私たちが最も大切にしていることです」
その思想は、西岡が常々口にする「水栓をデザインするわけではない」という言葉と結びつく。
――「水栓をデザインするわけではない」というのは、どのような意味なのでしょうか?
「水栓だけをデザインしてしまえば、オブジェになるんですよ。私たちはオブジェをつくりたいのではありません。暮らし全体のなかの“風景”の一部として、水栓がどうあるべきかを考える。たとえば今は対面キッチンが多く、ソファに座った人の視線の先に、炊事をする人の姿がある。
その姿が一番素敵に見える水栓のあり方とはどうあるべきか。使っている方が輝いて見えるためにはどうあるべきか。そこを考えてデザインする。要は、使うことによって素晴らしい生活ができる。それが我々の商品の完成なんです。だから、最近私はよく、『未完成の商品でお渡しします。あなたが使うことで完成品にしてください』と言うんです」
使う人が入ることで、水の景色の美しさが生まれる
SANEIのものづくりの根底にあるのは、「まだ世の中にないものの価値をつくり、社会に生み出すこと」。
「市場で売れているものをリサーチ、マーケティングするという売り方はしない」と、西岡社長はきっぱりと言う。そこには、「トレンドは生み出すもの」という哲学がある。
マーケティングに頼っていたら、トレンドはつくれない。今あるものばかりを見ていたら、新しいものは生まれないんですよ。それは、SANEIに入る前にファッション業界で培った感覚かもしれません」
――では、どのように新しいものを生み出すのでしょうか?
「大事なのは、自分の好みや想いからストーリーをつくれるかどうか。そして、そのストーリーに共感してもらえるかどうか。ファッションの世界も同じでね。若い頃にファッション業界にいたからこそ、“勝手なことを言ってもいいんや”“そんな考え方もあるのか”と、目から鱗が出る経験をたくさんしました。声を大にして言えば、共感してくれる人が必ず現れ、新しい時代をつくっていける。そういう自由な発想が、新しいものを生み出す力になるんです」
自然素材に囲まれた土間空間に設けられた洗面。コロナ禍を経て、帰宅後すぐに手を洗う習慣を支える新しい暮らし方の提案として、SANEIが発信したアイデア
最終章となる後編では、水まわりの“点”(製品)から“線”(給排水)へ、そして “面”(空間)へと広げてきた歩みをたどり、SANEIが水と共に描く未来を探る。
西岡 利明
1958年、大阪生まれ。近畿大学卒業後、オリエント貿易に入社。82年に三栄水栓製作所(現SANEI)に入社し、取締役、常務取締役を経て、2003年から大連三栄水栓有限公司 薫事長就任、2004年代表取締役社長就任。
Interview & Text by Michiko Sato